Topic outline
Society 5.0 と Learning Technology
- Society 5.0 と呼ばれる社会では、全ての人や物がつながり、様々な知識や情報が共有される。また、発展が期待される人工知能等の技術により、必要な情報が必要な時に提供され、少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題も克服可能だと期待されている。
- 教育システムの分野でも、近年発展著しいデータサイエンス関連、人工知能関連、仮想現実関連等の技術を利用・活用しようとする教育実践や研究が多く見られる。ここではこれらの技術を総称して、ラーニングテクノロジー(LT) と呼ぶ。
- 「ラーニングテクノロジー」= 「学習、教育、評価を支援するために使用される幅広いコミュニケーション、情報、および関連テクノロジー」 ( Association for Learning Technology, https://www.alt.ac.uk/ による定義 )
- 技術者と教育者が噛み合わないと、オンライン教育の課題解決が的確には行われない。インストラクショナルデザイナー等と協働しつつ、教育上のニーズや妥当性を理解して社会の変化に対応できる適応力を備えた技術者を育成することが必要。
- 熊本大学大学院教授システム学専攻 (GSIS) では、1年以内にカリキュラムを大幅改訂し、ラーニングテクノロジーの専門家を養成することを目的とした新たなトラックを開設することを計画している。
- ウェブ、アナリティクス、機械学習、仮想現実、拡張現実技術などに関するリテラシーやシステム開発能力を修得することにフォーカスしたトラックのためのカリキュラム改訂を検討中。
- 本報告では、現時点の方向性や改訂の概要について述べる。
教授システム学専攻 (GSIS)の現行カリキュラム
- 熊本大学 大学院 社会文化科学教育部 教授システム学専攻 (GSIS)
- 2006年に創設。教育・学習活動やeラーニングコース・教材等をシステムとして捉え科学的・工学的にアプローチする「教授システム学(Instructional Systems)」を体系的に学習できる。
- 企業内教育,社会人教育,高等教育の専門家を養成。100%オンラインで、フルタイムで働きながら学習する社会人大学院生に適した設計。
- インストラクショナル・デザイン(ID)を学ぶことができる大学院。
- 修了生として修了時点で発揮できるようになるべき能力を「コンピテンシーリスト」として明示。
- 12のコアコンピテンシー(必修科目で身につくコンピテンシー)
- 7つのオプションコンピテンシー(選択科目で身につくコンピテンシー)
カリキュラムの変更点
図 1 : 現在のカリキュラムにおける必修科目等
- IDトラック(右半分)と、LTトラック(左半分)からなる2トラック制を導入。
- LTトラックの新設に伴い、LT1, LT2, LT3, LT4 という科目を新規開講する。
- 現在は、「eラーニング実践演習」は、教材のプロトタイプ開発と教材開発プロジェクトマネジメントについて実習で学ぶ科目であるが、それをLTチームとIDチームの共同プロジェクトを通じて学ぶ科目に。
- 修士論文研究においても、一部の学生ついては、LTトラックとIDトラックのそれぞれの強みを活かした共同研究プロジェクトを実施することを予定。
図 2 : 改定後のカリキュラムにおける必修科目等(検討中)
いくつかの新科目の内容の概要
- 既にJSiSE全国大会プレカンファレンスでも発表したように、新たな科目を開設する。
- その中でもLTトラックの中心となる科目は、図2 に示す LT1, LT2, LT3, LT4。それらの概要と15回分の内容案、学習成果を評価するための課題の案について述べる。
- どの科目についても、単位取得の最低条件として、各回のタスク(演習等)を全て行い合格することと、すべての課題について6割以上の得点を得ることが単位認定の必要条件。
LT1
- IDトラックの学生も必修。
- LT1 は、「ラーニングテクノロジーの基盤としてのウェブ技術(ブラウザ・スマホアプリ)を用いたeラーニングの実装を、LMSを中心として行うことができる」ようになることを目指す科目である。
- LT1 の内容は、既存の科目である「学習支援情報通信システム論」をベースとして、一部の事項を変更・更新するものである。
第1回 LMS(1) eラーニング等ITによる教育支援のための各種ソフトウェアの選択 第2回 LMS(2) Learning Management Systemの概要と学習者としてのLMS 第3回 LMS(3) インストラクタとしてのLMS 第4回 LMS(4) コンテンツクリエータとしてのLMS 第5回 LMS(5)LMS管理者としてのLMS 第6回 コンテンツ(1) CMSと動画配信 第7回 コンテンツ(2) JavaScriptとCSSの導入 第8回 コンテンツ(3) モバイル対応 第9回 コンテンツ(4) jQuery と HTML5 第10回 コンテンツ(5) 学習用スマートフォンアプリの試作 第11回 LMSにおけるLOG解析と管理 第12回 他のeラーニング関連システムとLMSとの連携 第13回 eラーニング標準規格SCORM入門 第14回 学習ポータルとダッシュボード 第15回 電子書籍・メタデータ - 課題1: 学習者、インストラクタ、コンテンツクリエータ、LMS管理者、各々の立場として、LMSのeラーニングにおける効果的利用方法についてまとめ公開する。
- 課題2: HTML(V5)、JavaScript、CSS、VOD等を利用したコンテンツを設計し、レポートする。 コンテンツの目的、対象者等を明示し、利用する技術ごとにその必要性、優位性、実装方法等について解説する。
- 課題3: 自分で理想とするeラーニングシステムをLMSを中心に仮想的に構築し、その主な目的と特長、管理の方法、セキュリティ対策、必要とする帯域幅等を示すという内容でレポートを公開する。
LT2
- LTトラックの学生は必修。(IDトラックの学生には選択科目)
- ラーニングテクノロジーを利用して何が実現可能なのか理解・把握でき、実用的なシステムを設計して、ラーニングテクノロジー利用システムの開発者に発注できることを目指す。
第1回 AI(1) 現時点のAIはどのようなものか(AI概論のMoocを利用) 第2回 AI(2) 深層学習の基本的なしくみ 第3回 AI(3) CNNによる画像認識の基礎 第4回 AI(4) Moodleアナリティクスの基礎 第5回 AI(5) 自然言語処理ツールの利用 第6回 AI(5) チャットボットとは 第7回 AI(6) VUI(音声ユーザインターフェイス)とは 第8回 ML(1) 機械学習における分類問題(SVM) 第9回 ML:(2) 機械学習におけるクラスタリング(k-means) 第10回 LA(1) 学習履歴分析の基礎 第11回 LA(2) 可視化の体験(Visual Journalism) 第12回 VR(1) VRを利用した教育事例1 第13回 VR(2) VRを利用した教育事例2 第14回 AR(1) ARを利用した教育事例1 第15回 AR(2) ARを利用した教育事例2 - 課題1: 教育実践上で問題となっていることの一例を挙げ、それを解決するためのAI関連の諸技術を利用した学習支援システムや教材を設計する。現時点でのAI技術の限界も論じつつ、具体的な実装方法も示して提案する。
- 課題2: 教育実践上で問題となっていることの一例を挙げ、それを解決するためのLAや機械学習関連の諸技術を利用した学習支援システムや教材を設計する。現時点でのLAや機械学習の限界も論じつつ、具体的な実装方法も示して提案する。
LT3
- 学習アナリティクスにより、自分のフィールドでの教育上の改善案を提案できることを目指す。
第1回 LA(1) 機械学習における分類問題(SVM) 第2回 LA(2) 機械学習におけるクラスタリング(k-means) 第3回 LA(3) 機械学習における回帰問題(回帰分析) 第4回 LA(4) 機械学習における次元削減(PCA) 第5回 LA(5) 分析データの可視化方法 第6回 LA(6) 学習ログデータの仕様(Moodle) 第7回 LA(7) 学習ログデータの仕様(xAPI、Caliper) 第8回 LA(8) CSV、WebAPI、SQL等によるデータの読込 第9回 LA(9) データのチェックとクレンジング 第10回 LA(10) 学習履歴の分析(自身のデータで始める) 第11回 LA(11) 学習履歴の分析(指定された分析) 第12回 LA(12) 学習履歴の分析(学習推定に必要な分析の設計) 第13回 LA(13) 学習履歴の分析(分析と結果の評価) 第14回 LA(14) 学習履歴の分析(分析手法の見直しと改善) 第15回 LA(15) 学習履歴の分析(フィードバックの設計) - 課題1: LAに応用可能な機械学習に関して、分類問題(SVM)、クラスタリング(k-means)、回帰問題(回帰分析)、次元削減(PCA)、可視化方法を、具体的な事例とともに示せること。
- 課題2: LAで使用する学習ログデータの仕様に関して、LMS(Moodle)と標準化(xAPI,Caliper)について、また、そのデータ収集および欠損データ等に対するクレンジング手法についても、具体的な事例を挙げて示すこと。
- 課題3: 具体的な学習ログデータに対して、学習推定に必要な分析の設計から分析、評価、見直し、改善を、実データの分析と共に示すこと。LAによる予測をどうフィードバックするかも併せて設計する。
LT4
- LT4は、「人工知能技術、仮想・拡張現実の技術を利用して、教育実践上の問題を解決するシステムのプロトタイプを開発できる」ようになる科目である。
第1回 AI(1) CNNによる画像認識の応用 第2回 AI(2) pythonによるロジスティック回帰・単純パーセプトロン 第3回 AI(3) pythonでのCNNの実行と連携 第4回 AI(4) Moodleアナリティクスの独自モデル開発1 第5回 AI(5) Moodleアナリティクスの独自モデル開発2 第6回 AI(6) 自然言語処理ツールの開発1 第7回 AI(7) 自然言語処理ツールの開発2 第8回 AI(8) 自然言語処理ツールの開発3 第9回 AI(9) 学習支援チャットボットの開発1 第10回 AI(10) 学習支援チャットボットの開発2 第11回 AI(11) VUIを用いた学習支援システム開発 第12回 VR(1) VRを利用した教材開発1 第13回 VR(2) VRを利用した教材開発2 第14回 AR(1) ARを利用した教材開発1 第15回 AR(2) ARを利用した教材開発2 - 課題1: 教育実践上で問題となっていることの一例を挙げ、それを解決するためのAI,VR,AR関連の諸技術を利用した学習支援システムや教材のプロトタイプを開発する。
- 課題2: 課題1で開発した学習支援システムや教材のプロトタイプの形成的評価を行い、改善策を提案する。
教育業界の動向への対応
- エンプロイアビリティの観点からも、当専攻において、どのようなLT人材を育成すべきであるかを検討中。
- (プレ)聞き取り調査の結果:(LT専門家の養成が、eラーニング業界やEdTech業界においてニーズがあるか? どのような事項を修得した人材が望まれるか?等の感触を聞いた)
- ラーニングテクノロジーの専門家のニーズは高い、特に、テクノロジーを利用したシステムの開発者と、講師などの教育実践者との橋渡しができる人材が必要。
- COVID-19 のため、研修等の教育活動がほとんどリモート実施となり、対面で実施していた時よりも、学習データを分析するラーニングアナリティクスの重要度が増している。
- 学習データのとり方や処理の仕方について、システム管理者が行っていることと、教育実践者としての希望とが、必ずしも噛み合っていないことがあり、この状況を改善することが必要。
- UI / UXについての知識やスキルは必須。少なくともウェブアクセシビリティについてツールを用いてチェックできることは必要。
- 今後、eラーニング業界、EdTech業界、高等教育機関での教学IR担当者、などへの聞き取り調査を行い、カリキュラム改訂の内容に反映させたい。
関連情報
Society 5.0 - 科学技術政策 - 内閣府,
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/ソサエティー5.0 – Wikipedia,
https://ja.wikipedia.org/wiki/ソサエティー5.0北村士朗・鈴木克明・中野裕司・宇佐川毅・大森不二雄・入口紀男・喜多敏博・江川良裕・高橋幸・根本淳子・松葉龍一・右田雅裕 :「eラーニング専門家養成のためのeラーニング大学院における質保証への取組:熊本大学大学院教授システム学専攻の事例」『メディア教育研究』第3巻2号(特集:e-Learning における高等教育の質保証への取組み) 25-35 (2007)
Suzuki, K. : From Competency List to Curriculum Implementation: A Case Study of Japan’s First Online Master’s Program for E-Learning Specialists Training. International Journal on E-Learning, 8(4), 469–478 (2009)
喜多 敏博,戸田 真志,久保田 真一郎,長岡 千香子: AI, LA, AR活用教育と事例について学ぶオンライン教材, 第44回 教育システム情報学会全国大会 プレカンファレンス 5 (2019年9月11日)
数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム,
http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/データサイエンス・カリキュラム標準案(専門教育レベル)の公開とご意見募集,
https://www.ipsj.or.jp/annai/committee/education/public_comment/kyoiku20210215.html